「燃えよドラゴンズ」に登場する合計260人のドラゴンズ選手(コーチ、監督含む)の中で、登場回数上位13人は次の通り。
| 順位 | 名前 | 回数 | 登場曲 |
|---|---|---|---|
| 1 | 星野仙一 | 17 | 74, V2, 77, 79, 82, 87, 87B, 88, 91A, 名, 91C, 98, 99, 韓, 99V, 00, 名M |
| 1 | 立浪和義 | 17 | 88, 91A, 91C, H5, 98, 99, 韓, 99V, 00, 02, 04, 05, 06, 06V, 07, 07V, 08 |
| 1 | 山本昌広 | 17 | 88, 91A, 91C, H5, 98, 99, 韓, 99V, 00, 02, 04, 05, 06, 06V, 07, 08 10 |
| 4 | 井上一樹 | 13 | 98, 99, 韓, 99V, 00, 02, 04, 05, 06, 06V, 07, 07V, 08 |
| 4 | 川上憲伸 | 13 | 98, 99, 韓, 99V, 00, 02, 04, 05, 06, 06V, 07, 07V, 08 |
| 4 | 岩瀬仁紀 | 13 | 99, 99V, 00, 02, 04, 05, 06, 06V, 07, 07V, 08, 10, 11 |
| 7 | 荒木雅博 | 12 | 99, 00, 02, 04, 05, 06, 06V, 07, 07V, 08, 10, 11 |
| 7 | 井端弘和 | 12 | 99, 00, 02, 04, 05, 06, 06V, 07, 07V, 08, 10, 11 |
| 9 | 木俣達彦 | 10 | 74, V2, 77, 79, 82, 87, 87B, 88, 名, 名M |
| 9 | 鈴木孝政 | 10 | 74, V2, 77, 79, 82, 87, 87B, 88, 名, 名M |
| 9 | 山崎武司 | 10 | 87, 91A, 91C, H5, 98, 99, 韓, 99V, 00, 02 |
| 9 | 中村武志 | 10 | 87B, 88, 91A, 91C, H5, 98, 99, 韓, 99V, 00 |
| 9 | 福留孝介 | 10 | 99, 韓, 99V, 00, 02, 04, 05, 06, 06V, 07 |
| 9 | 谷繁元信 | 10 | 02, 04, 05, 06, 06V, 07, 07V, 08, 10, 11 |
| 9 | 森野将彦 | 10 | 02, 04, 05, 06, 06V, 07, 07V, 08, 10, 11 |
見事にドラゴンズを代表する選手が並んだ。
鈴木孝政 は10回とも選手としての登場。1973年(昭和48年)にドラゴンズに入団した同選手は、まさに初期の「燃えよドラゴンズ」と共に活躍したと言えよう。
そして、山崎武司、中村武志といった移籍した88、99年のV主力メンバが登場する。
99年分で、99、韓、99Vの3曲のカウントで数をかせいだ。
福留孝介hは、98年〜07年の99以降の「燃えドラ」のリリースラッシュのカウントでランクイン。
さらに、落合ドラゴンズの主力谷繁元信、森野将彦がランクイン。こちらも両名とも登場曲はまったく同じ。
なお、「オレ流」「オレ竜」の表現は、個人名を示すものではないということで、カウントから外しているが、仮に「落合博満=オレ竜,オレ流」とした場合、選手としての6回(
87,
87B,
88,
91A,
91C,
H5
)に、監督としての12回(
04,
04ド,
05,
06,
06V,
07,
オ,
07V,
応,
08,
10,
11
)が加わり、18回登場となり一躍1位に躍り出る事になる。
ちなみに、落合博満は、監督としての12回のうち、06Vは「落合監督」と表現されているので、本集計では選手としての6回と監督としての1回で登場回数7回となり、順位としては27位に位置付けられる。
注: 選手の登場回数のカウントで、往年の名選手編(名,名M)で「2人井上」と紹介されているが、これを「井上 登」と「井上弘昭」と判断した。また、07,08の「堂上兄弟」は「堂上剛裕」「堂上直倫」としている。
外国人選手は、通常在籍年数が少ないため、おのずと登場回数が少なくなる。そこで外国人選手のみで集計をした。
| 順位 | 名前 | 回数 | 登場曲 |
|---|---|---|---|
| 1 | L.ゴメス | 6 | 98, 99, 韓, 99V, 00, 02 |
| 1 | T.ウッズ | 6 | 05, 06, 06V, 07, 07V 08 |
| 3 | T.マーチン | 5 | 74, V2, 77, 名, 名M |
| 3 | ゲーリー R. | 5 | 87, 87B, 88, 名, 名M |
| 3 | 李鍾範 | 5 | 98, 99, 韓, 99V, 00 |
| 6 | 郭 源治 | 4 | 82, 87, 87B, 88 |
| 6 | サムソン | 4 | 98, 99, 韓, 99V |
| 6 | 宣銅烈 | 4 | 98, 99, 韓, 99V |
| 6 | アレックス O. | 4 | 04, 05, 06, 06V |
| 10 | W.デービス | 3 | 77, 名, 名M |
| 10 | K.モッカ | 3 | 82, 名, 名M |
| 10 | ドミンゴ G. | 3 | 04, 05, 06 |
| 10 | 李 炳圭 | 3 | 07, 07V, 08 |
| 10 | チェン・ウェイン | 3 | 08, 10, 11 |
| 15 | M.ライアル | 2 | 91A, 91C |
| 15 | S.アンダーソン | 2 | 91A, 91C |
| 15 | J.マーシャル | 2 | 名, 名M |
| 15 | J.ミラー | 2 | 名, 名M |
| 15 | E.ギャラード | 2 | 00, 02 |
| 15 | M.バンチ | 2 | 00, 02 |
| 15 | L.マルティネス | 2 | 06, 06V |
| 15 | R.クルス | 2 | 07, 07V |
| 15 | T.ブランコ | 2 | 10, 11 |
| 15 | M.ネルソン | 2 | 10, 11 |
1998年(平成10年)〜2002年(平成14年)に在籍し、通算150本塁打を記録したゴメスと、2005年(平成17年)に横浜から移籍して落合ドラゴンズを支えたウッズが6作品でトップ。
ゴメスは在籍期間および在籍年数が「燃えよドラゴンズ」のリリース時期と合いカウントを増やした。
ウッズは、在籍年数もさることながら優勝記念盤2作品(06V,07V)への登場でカウントを増やした。
「燃えよドラゴンズ」が3年連続してリリースされた1998年(平成10年)〜2000年(平成12年)に在籍した李鍾範が5作品で続く。ゴメスとともに99年3部作でのカウントが大きい。
また、「燃えよドラゴンズ」が比較的多くリリースされた1974年(昭和49年)〜1977年(昭和52年)頃に在籍していたマーチンが往年の名選手編(名,名M)でもカウントを増やして5作品登場という結果となった。
ゲーリーは87,87Bと名,名Mのそれぞれの2カウントが効いての5作品登場となった。
郭は1989年(平成元年)9月に日本人帰化しているため、外国人枠として登場した年代で4回。日本人帰化後も含めると
91A,
91C,
H5
の3回が追加になり7回となる。
マーシャル、ミラーの懐かしの両選手は名,名Mでのランクイン。
アレックス、ドミンゴ両選手は04,05,06,07のリリースラッシュでランクイン。
ライアル、アンダーソン両選手は1991年(平成3年)にアルバムバージョン(91A)とCDシングルバージョン(91C)の2曲がリリースされた事、マルティネスは06、06V、李 炳圭、クルスは07、07Vのリリースによるカウントアップとなった。
チェン、ブランコ、ネルソンは在籍期間中の10、11のリリースでカウントしてランクイン。
なお、与那嶺 要は74、V2、77と監督で登場するが、登録枠のある選手に限ったランクとしたため除外した。
「燃えよドラゴンズ」でフルネームで登場するのは、下記の通り。
| 名前 | フルネーム登場曲 |
|---|---|
| 星野仙一 | 74,V2 |
| 郭 源治 | 88,91A |
| 与田 剛 | 91A,91C |
| 落合英二 | H5 |
| 川上憲伸 | 98,99,99V,04 |
| 宣銅烈 | 98,99,韓,99V |
| サムソン・リー | 98,韓 |
| 李鍾範 | 韓 |
| 李炳圭 | 07,07V,08 |
| 山井大介 | 07V |
アジアの外国人選手が目立つ。
なお、サムソンの本名は「李尚勲(イ・サンフン)」だが、登録名「サムソン・リー」をフルネームとして扱った。
また、00登場のディンゴはいわゆる Lastname, Firstname の登録名ではないため、英智は姓・名となっていないためそれぞれ除外した。
なお、04の筒井壮は、歌詞表記はフルネームだが、読み(歌)としては名字のみの「つつい」なので除外した。同様に07の川上憲伸も読み(歌)は「けんしん」なのでリストからは除外している。
「燃えよドラゴンズ」への登場回数が多くなる要因としては、
08は、リリース時期が4月13日であったこともあり、それまで一軍経験のなかったが、キャンプ・オープン戦での成果などから期待された選手が何名か登場する。2006年の大学・社会人ドラフト5巡目指名で新日本石油から入団した岩崎達郎、6巡目指名で法政大学から入団した西川明がそれである。
主な未登場選手
| 名前 | 説明 |
|---|---|
| 新宅洋志 | 主に木俣の控えとして活躍 |
| 飯田幸夫 | 代打の切り札。74年の代打サヨナラ満塁ホームランが印象的。 |
| 梅田邦三 | 太平洋より移籍して主に正岡の控えの守備要員。ちなみに太平洋時代にプロ野球3万本目のホームランを打った。 |
| 星野秀孝 | 中継ぎ左腕として活躍 |
| 三枝規悦 | 阪急よりトレードで入団。中継ぎで活躍 |
| 関東孝雄 | 主に代走・守備要員 |
| 早川 実 | 控え投手。中継ぎ要員 |
| 中原勇一 | 木俣・中尾の控え捕手 |
| 富田 勝 | 81年に在籍。主に代打で活躍 |
| 安木祥二 | 81年オフにロッテより移籍、控え左腕投手 |
| 市村則紀 | 中継ぎ左腕投手 |
| 山内一弘 | 84年〜86年、監督をつとめた |
| 後藤祝秀 | 長身を武器に主に中継ぎで活躍。その後、マック後藤の芸名で俳優として活躍。 |
| 平沼定晴 | 中継ぎ投手。落合とのトレードで牛島らと一緒にロッテへ |
| 松永幸男 | 貴重な中継ぎとして活躍 |
| バンスロー | 90年に在籍。打率.313、本塁打29本の成績を残した |
| 吉鶴憲治 | 主に控え捕手 |
| 斎藤浩行 | 広島から移籍、代打の切り札として活躍 |
| 北野勝則 | ワンポイント等、貴重な中継ぎ左腕として活躍 |
| 金村義明 | 94年オフにFAで中日入団。代打の切り札として活躍 |
| M.ホール | 95年に在籍。 |
| D.コールズ | 96年に在籍。打率.302、本塁打29本の成績を残した |
| 大塚晶文 (シーズン途中で晶則に改名) | 2003年に在籍。ギャラード移籍後のシーズン後半は抑えとして活躍。03年オフにポスティングシステムで大リーグ エクスポズへ。2006年のワールドベースボールクラッシクでは全日本のクローザーとして活躍。 |
| S.ラミレス | 2007年に在籍。開幕からのシーズン序盤は貴重な中継ぎとして活躍。 |
| F.グラセスキ | 2007年に在籍。開幕からのシーズン序盤は貴重な中継ぎとして活躍するも、6月に練習中のケガで年内の復帰が困難ということでウェーバー公示・自由契約となった。 |
| 川岸強 | 控え投手として活躍。2006年に戦力外通告、その後、楽天の入団テストで合格し入団。 |
| 福田永将 | 2009年に初打席本塁打で鮮烈デビューし、主に代打として活躍。 |
| 斉藤信介 | 中継ぎ控え投手として活躍。 |
| D.セサル | 2010年に在籍。メキシカンリーグの首位打者、盗塁王、MVPのふれこみでの入団も結果が出ず、2010年の優勝を決めた後に自由契約となった。 |
| E.バルデス | 2010年に在籍。シーズン当初は先発ローテーションの一角をにない、7試合に先発登板した。 |
| 前田章宏 | 2009年頃から谷繁らの控え捕手として一軍登場。2001年に地元中京大中京高から入団し、2009年にプロ初安打を放った。 |
| 中川裕貴 | 2009年にプロ入り6年目で初安打を放ち、以後、控え、代打要員として活躍するも、ケガに苦しみ2011年シーズン終了後に戦力外通告。 |
| J.グスマン | 2011年に在籍。長打力が魅力で、開幕戦で来日初本塁打を放ち期待されたが、結局、73試合、打率.181、7本塁打に終わり、シーズン終了後、クライマックスシリーズ前に戦力外通告・ウェーバ公告となった。 |
山内一弘が監督をつとめた3年間(84〜86年)は「燃えよドラゴンズ」がリリースされなかった。